①闘病編

「気管切開」になった息子

生後6か月
息子は「気管切開」の手術を受けました。

手術中、私はふとまだ息子の言葉を聞いたことがないことに気がつきました。
無理もありません。入院中ずっと手術を繰り返していたからです。

「気管切開」により、息子が声を発することがしばらくなくなるのかと思うと、今まで何度も聞いた息子の泣き声が思い浮かび、急に悲しさがこみ上げてきました。

しかし、妻が動揺するといけないと思い、必死に気丈さを振舞っていました。

数時間後、手術室から息子が出てきました。

喉に何か見慣れない管のようなものが埋められているのを見て、ついに涙がこぼれました。

「ごめん」

息子に対してその言葉しか浮かびませんでした。
親として何も助けてあげれない無力さが本当に情けなく、無力な自分に対してどうしようもない怒りがこみ上げてきました。
早く治して一緒に(神戸から)鹿児島に帰るはずだったのに・・・守ってやれなかった。

「でもこうするしかなかった。」

もう息子が隣で「ゼーゼー」苦しんでて助けを求めてくる姿を見たくなかった。
心肺停止になるような危ない目にはもう絶対に合わせたくなかった。

そう自分自身に言い聞かせることで精一杯でした。

これで、呼吸は安定する。
もう危ない思いはしなくて良い。
治療には時間がかかるけど、頑張って小学校に上がるまでに治そう。

気持ちを切り替えるのに必死でした。

こうして息子は「気管切開」になりました。

-①闘病編
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