①闘病編

神戸へ妻と息子を残して鹿児島へ帰る

8時間にもおよぶ大手術が無事終わり、息子はしばらくの間ICUでの人工呼吸器管理となりました。

とりあえず手術は成功したとのことでほっとしました。

こども病院は完全看護制のため、夜は付き添いできません。
ICUに息子一人残して帰るのは何とも言えない気持ちでしたが、妻の疲労も心配だったので夜は病院の隣にあるファミリーハウスに泊まりました。

当時、神戸のこども病院は「須磨」の山中にありましたので、近くにお店どころかコンビニ1つありませんでした。
鹿児島から神戸に来ているため、車もありません。
夜ごはんはいつも売店の弁当か、20分ぐらいかけて歩いて登ったところにあるスーパーに買い物に行っていました。

昼は病院でずっと気が張っているので、帰ったらどっと疲れが出てます。
それから買い物だったのでとても大変でした。

私も仕事があったので、鹿児島に戻らなければなりませんでした。
本当に妻一人で大丈夫だろうか?
妻と息子を残して帰ることに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

鹿児島に帰ってからは、妻との電話が唯一の連絡手段でした。
仕事も手につかず、いつも妻と息子のことばかり考えていました。

鹿児島から神戸まで新幹線で6時間かかります。
会社は基本土日が休みだったので、祭日が近い日に休暇をとって3、4連休で神戸に行くようにしました。
月に1回行くのが精一杯でした。

こうして、私たち家族の鹿児島と神戸での二重生活が始まりました。
その間、妻は慣れない土地でただ一人頑張っていました。

自分の無力さを責め、妻に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
鹿児島で息子の回復をただ祈ることしかできませんでした。

-①闘病編
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